太陽が照り付けセミの声だけが聞こえる凍り付いたような真夏の静かな朝、原爆投下の時に思いを寄せる。
真夏の朝、太陽の光は強い。
実はいろんな音はしているのだが、空中にはミーンミーンというセミの声だけが広がっている妙な静けさ。
凍り付いたような硬質な時。
けさもそのような朝だった。
こんな時、わたしはよく、原爆の落ちた時もこんな時だったのだろうと考える。
この連想はもう数十年続いている。
きょうは記憶を確認するため、一応調べた。
1945年8月6日午前8時15分、広島市は晴れだった。気温は確認していないが、とても暑かっただろうと思っている。
同年8月9日11時2分、長崎は曇りだが、晴れ間が見えたらしい。アメリカ軍は目標を目視で確認しなければ原爆を投下しないという計画だったということで、爆撃機から長崎が見えた。逆に言うと長崎から真夏の空が見えたはずだ。
こんな時に原爆は落とされたのだろうと思い、同時に、その時命を失くしたたくさんの人のことを思う。
みんな、その日はきのうからの続きのありふれた日で、また翌日が来ると思っていただろう。
このあたりは、黒木和雄監督の映画「TOMORROW 明日」のイメージがかなり入り込んでるかも。
原子爆弾ってものすごいものだと改めて思う。さまざまな思いを抱えて生きている多くの人の命を一瞬で奪ってしまった。
わたし、こんな風に死にたくない。
そして、「戦争で人が殺される世の中は嫌だ。」と改めて強く思う。
でも、大量殺人でなくとも、世界のどこかでいつも戦争状態で、今の今も命が失われている。
そのことばかり考えて生きてはいられないのだが、時折、立ち止まって、考えなくてなならない。
そして、また、こんな太陽が照り付けセミの声だけが聞こえる凍り付いたような真夏の静かな朝が訪れる。
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