もっともらしくない!!

早期退職したアラ還。毎日が発見!周りのものを大切に愛をもって暮らしていく中で気づいたことや考えたことを書いています。

大学院行きたい。誰かに相談したい。

今週のお題「試験の思い出」

 

「試験の思い出」ではなく、「大人だってずっと勉強」について書きます。

 

大学で思想史をやっていたのです。

いろいろ考えるのも勉強するのも調べるのも大好き。

自分なりの問題意識もありました。

大学院に行ってずっと勉強したかったのです。

が、ゼミのY先生に相談すると、「勉強するのはいいが、社会科学系ではオーバードクターが多く、大学に就職することはたいへん難しい。」とわたしの大学院進学に積極的ではありませんでした。

そんなこと、親の意向などで、結局田舎に戻って就職しました。

でも、やり残した感が強かったのです。

40歳ごろ、わたしの周りの人はみんな修士を持っている環境にいたことがあって、言っちゃ悪いけど、こんな人でも修士って取れるんだ・・・と思いました。

その時は、単に資格の問題で修士取りたいな・・・と思ったのです。

資格を取らなくても、資格とは無関係に、勉強はできるわけですが。

宮崎で社会人でわたしが勉強したい方面の大学院に行くのは通信しかなく、当時の状況ではスクーリングに東京なりに行くのも大変なので、放送大学の大学院修士課程の単位だけ取り始めました。

どっかスクーリングに行けそうなタイミングでちゃんと大学院に入って、修士を取る計画でした。

単位は2年間でほぼ取ってしまいました。日向市の学習センターで試験を受けるのです。

勉強と試験、楽しかった。単位取得のためにそんなには興味のない分野も勉強して、レポート出して、試験勉強もして、世界が広がりました。

 

無職になることになって、スクーリングは行ける状態になったのですが、その時になっても、大学院の入学試験の際に必要な研究テーマを決めきれずにいて、そのままになっているのが現在の状況です。

 

わたしの漠然としたテーマは大きすぎて、修士論文にはそぐわない。

わたしの持っている問題意識のちょっとしたピース(かけら)のみを掘り下げるのが、修士論文のテーマにふさわしいと思っています。

 

あるいは、もう一人のA先生は一般的なこととして、「これをやらないと生きていけないことを研究テーマにしなさい。」と、言っておられました。

今は大学院に行く人が多いですが、当時は特に文系では研究者になる以外大学院に行くことはなかった時代です。

 

いずれにしても、現役の学生を遠く離れて、今注目されている論文はなにか、研究者はだれか、アプローチの方法は?とかいうことに、浦島太郎状態です。

 

誰かに相談したい。けど学問的なことで相談できる人がいない。

Y先生もA先生も亡くなっておられます。

 

ときどき、「こういうこと研究したら論文になるよね」というテーマを思いつくのです(さらに研究の方法まで浮かんでしまう)が、それはわたしの本当に考えたいことではない。

 

今は、修士の資格を取りたいというより、誰かにアドバイスをもらいながら、自分の勉強の方向に明確にして、問題意識のピースをひとつ埋めたいなと思っているところです。

それが、先生なのでしょうが、大学院に入らないと先生がいない。

今、先生がほしいのです。

 

どうしていいかわからないので、このままずるずる月日が経ちそうな気がする・・・

 

プラス・・・自分の記憶力・思考力・集中力が年齢的に衰えつつあり、突き進む自信がなくなっているのも事実です。

高齢で医師国家試験に合格する人とか、ホントにすごいなあ・・・

 

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