NHK「必ず よみがえる〜魂のオーケストラ 1年半の闘い〜」を見た。その1 コロナ禍における生演奏は?
NHK「必ず よみがえる〜魂のオーケストラ 1年半の闘い〜」を見ました。
何度目かの再放送だったようですが、初めて見ました。
東京フィルハーモニー交響楽団が、コロナ禍で、団体を存続させ、かつ人々にどのような音楽をどうやって届けるのかという取り組みを紹介する番組でした。
わたしが関心を持って見たポイントは2つ。
1つは、コロナ禍でコンサートの開催は必要なものなのか、という問題。これは社会全体の問題ですね。
2つ目は、オーケストラで演奏して伝えるものは何なのか、という問題。こちらはいやしくも演奏する者として感動したポイントです。
まず、第1の問題 「コロナ禍」でコンサートが必要か?
感染状況の程度、医療体制のひっ迫度合いなどの程度の問題があります。
生死が関わるぎりぎりのところでは、命あっての音楽ですから、コンサートの開催は後回しになるのわかります。
しかし、ちょっと落ち着いた状態のとき、経済活動の再開はすぐに取り組むけれど、いわゆる文化的活動を後回しにする。
特にコンサートは人が密になりやすく、感染のリスクが高いため余計に、音楽はなくても生きていけると、コンサートの開催を必要悪とする考えの人が多い。
このような風潮はよくないのではないかと思っています。
なぜならば、人間にとって、経済的安定とともに心の安定が必要で、心の安定を生むのはいろいろな種類のいわゆる文化であるからです。
映画館が行政の指導で長く開けられなかったとき、映画好きの人は寂しい思いをし、映画提供者側も不満を表明していました。
コンサートや演劇も開催されない時期が長くありましたが、観客者の制限をし、感染対策を行うことで、最近は開催されることが多くなっています。
私は演劇はあまり見ないので、実感はわきませんが、共通の場でしか味わえないものがある文化があります。
音楽、映画、演劇など。
メディアでは、発言力があるのでパフォーマンスをする側の人が、公演の開催の必要性を訴えますが、そちら側からの発言は、公演に消極的な人々には伝わりにくい。自分のしてることは重要だということでしょ?みたいに捉えられる。
また、リアルな公演の開催が難しいため、ネットによるライブ配信が盛んになっています。それはそれで楽しめますが、リアルな公演とは絶対違う。
空気感、物理的な振動、観客を含めて人が持つパワーの存在。
コロナ禍であっても、やる方も見るほうも対策を取り、公演が継続されることを強く望むものであります。
で、この番組で、東フィルがコロナ禍で実施していたスクールコンサート。
弦の四重奏で、ヴィオラの須田祥子さんがノリノリで演奏されていました。
その後のインタビューで、小学生が、「心にしみるようなすごい生だ。」「普段は耳で音楽を感じ取るんですけど、今回は間近で、体で感じることができてよかった。」というコメントしていました。
そう、それが生演奏の魅力なのです。
コロナ禍の今だからこそ、生演奏の魅力を声を大きくして言いたい!!
ウチの子も音楽好きで、ライブに行くことを生きがいといているような生活であったので、ライブが開催されないことを寂しがっていた。で、ネット配信が盛んになると、それで一層落ち込んでしまった。生演奏でしか伝わらないものがあると。
私の所属するアマチュアオーケストラは一昨年はコンサートが実施できず、昨年の6月に久しぶりに実施できました。
舞台に出て、客席を見た時、お客さんからの期待・喜びがはっきりと伝わってきました。
生のコンサートに飢えている人がたくさんいる。
この番組の最後のほうで、やっと開催できたコンサートの観客の映像がでてきます。そこからも生演奏を期待する人のパワーが感じられました。
この番組を見るのは音楽好きの人がほとんどだろうから、「うちわで再確認」の感は否めないが、さっきの小学生のコメントやお客さんのエネルギーが、テレビを通して、多くの人に伝わったことを期待しています。
長くなったので、第2の問題は「その2」として、別にします。
ランキングサイトに参加しています。この下のバーをポチッと押して私の元気に協力してください。
お願いします💛
↓